従業員リテンションとは?SaaS人事が離職を防ぐ6つの実践【2026年版】
エンジニアやCS人材の離職がSaaS事業の成長を止めています。本記事ではパーソル総合研究所2025年調査と厚生労働省データを引きながら、HR担当者・事業責任者向けに従業員リテンション(人材定着)の定義から、エンゲージメント可視化・OKR・1on1・バーンアウト対策・複線型キャリアパスまで6つの実践施策を整理しました。

従業員リテンションとは、優秀な人材の離職を防ぎ、長く定着して活躍してもらうために企業が行う人事施策の総称 です。SaaS企業ではエンジニアやカスタマーサクセス(CS)の離職がプロダクト成長と LTV を直接削るため、一般企業以上に意識的なマネジメント設計が求められます。
本記事を読むと、次の3点がわかります。
- 従業員リテンションの定義と、プロダクト KPI としての「リテンション率」との違い
- パーソル総合研究所2025年調査が示す 離職理由の構造変化 (労働時間不満 → 評価・上司不信へシフト)と、SaaS人事が今打つべき手
- エンゲージメント可視化・OKR・1on1・バーンアウト対策・複線型キャリアパスを含む、現場で運用できる6つの実践施策
「リテンション」という言葉はプロダクト指標(顧客の継続率)と人事領域(従業員の定着率)で意味が分かれます。本記事は SaaSのHR担当者・事業責任者向け です。プロダクト KPI としてのリテンション率の計算式や業界目安は、リテンション率の計算式と業界ベンチマーク を参照してください。
従業員リテンションとは?プロダクトKPIとの違い
従業員リテンションは、企業が優秀な人材の離職を防ぎ、長く定着して活躍してもらうための人事施策を指します。同じ「リテンション」でも、SaaS の現場では2つの文脈で使われるため最初に切り分けておきます。
| 指標 | 何を測るか | 主な担当 | 代表的な数字 |
|---|---|---|---|
| 従業員リテンション(人事) | 従業員の定着率・離職率 | HR・経営 | 学術研究/専門技術サービス業の離職率 17.0%(厚生労働省 令和7年上半期雇用動向調査) |
| プロダクトリテンション率 | 顧客・ユーザーの継続率 | CS・プロダクト | B2B SaaS のカスタマーリテンション 年間 90〜95% が目安 |
SaaS は売り切り型と違って、リリース後も継続的なプロダクト改善と伴走型の顧客支援が求められます。そのため、開発を担うエンジニアと、顧客の成功を支援する CS の離職はプロダクトの成長スピードを直接削ぐ要因になります。急激な組織拡大に伴うカルチャーの希薄化や、役割細分化によるモチベーション低下を防ぐため、一般的な企業以上に透明性の高い組織づくりが必要です。
2025年最新:離職理由の構造変化と SaaS への示唆
施策を選ぶ前に、いま何が離職を引き起こしているのかを最新データで押さえます。パーソル総合研究所が2025年12月に公開した分析「日本の離職理由はどう変化したのか」(2019年と2025年の比較)では、 離職に繋がる不満の構造が大きく入れ替わって います。
| 不満カテゴリ | 2019 → 2025 の変化 | SaaS 人事への示唆 |
|---|---|---|
| サービス残業が多い/労働時間が長い | 大きく低下 (順位を落とす) | 残業削減だけでは離職を止められない時代へ |
| 上司の指示や考えに納得できない | 上位に上昇 | 1on1の質と権限委譲スキルが定着の鍵 |
| 求められる成果が重すぎる | 上位に上昇 | アジャイル環境での目標再設定プロセスが必須 |
| 評価への納得感がない | 上位に上昇 | OKR・部門横断の評価透明化が直接効く |
さらに同研究所が2025年11月に公表した「賃上げと就業意識に関する定量調査」(20〜64歳の正社員 2,500名対象)では、 3年後の給与が「変わらない」と見込む層の継続就業意向は27.0%にとどまり、給与が「下がる」と見込む層の31.5%とほぼ同等の離職リスク を持つことが示されています。とくに20代では給与が上がらない場合に転職を検討する割合が38.3%に達し、若手の定着には「現状維持=静かな失望」というシグナルが当てはまります。
つまり SaaS 人事が打つべき手は、もはや残業削減や福利厚生の拡充だけではなく、「評価の納得感」「成果定義の妥当性」「マネージャーの任せ方」を再設計することにシフトしています。本記事の6施策はこの構造変化に対応した内容で組み立てています。
1. エンゲージメントの可視化

エンゲージメントの可視化は、感覚に頼らず組織のコンディションをデータで掴むための起点です。スタートアップが急成長するフェーズでは、業務量が急増しメンバーの疲弊が見過ごされがちです。
離職を防ぐ第一歩は、パルスサーベイや eNPS(従業員ネット・プロモーター・スコア)を用いて、組織のコンディションを定量的に可視化することです。直近のパーソル2025年調査が示した「評価への納得感」「上司への信頼」を分解してスコア化すると、施策の優先順位が明確になります。
ある国内 SaaS 企業(社員約80名)の人事担当者によるリテンションマネジメント事例では、月1回のパルスサーベイを導入し「業務負荷」と「上司からのフィードバックの質」の2軸を定点観測しました。スコアが2か月連続で低下したチームに対して人事部門が早期に介入し、1on1の頻度を見直したところ、半年間で離職率が15%から7%へと改善しています(社内資料・公開許諾済の匿名事例)。
2. アジャイルな評価制度の構築

評価制度は、SaaS 人事リテンションのなかで2025年に最も改革インパクトが大きい領域です。SaaS 開発の現場では、市場の変化に合わせてプロダクトの要件や目標が期中でも頻繁に変わります。期初に設定した目標の達成度だけで評価すると「目標が変わったのに評価基準が変わっていない」という不満が生じ、パーソル2025年調査でも上位に挙がった「評価への納得感のなさ」へ直結します。
これを防ぐには、四半期ごとに目標を柔軟に見直す OKR(Objectives and Key Results)の導入が効果的です。半期に一度の評価だけでなく、スプリントごとの振り返りのなかで日常的なフィードバックを行うことが定着率を高めます。
エンジニア向け評価フィードバックの具体例
- 悪い例:「期初の機能 A 開発の期限が遅れました。評価を下げます」
- 良い例:「期中で優先順位が変わり、機能 B へリソースを割いた柔軟な対応を評価します。ただし切り替え時の共有プロセスは今後改善しましょう」
3. 部門間の評価基準の透明化

評価基準の透明化は、部門横断の不公平感をなくすために不可欠です。SaaS 企業でよくある失敗として、セールス部門が売上目標を達成して高く評価される一方で、要望に応えて短納期で実装した開発部門への評価が相対的に低くなり、不満が蓄積するケースがあります。
ビジネスサイド(売上・MRR・LTV)と開発サイド(リリーススピード・品質・技術的負債の解消)では、追うべき指標が異なります。両者の評価指標を全社目標として統合し、「誰の目にも明らかな透明性の高い評価基準」を構築することが不可欠です。LTV やチャーンレートの考え方は LTV の計算方法とチャーンレート改善 に詳しくまとめています。
4. データと1on1によるリスク検知
データと1on1の組み合わせは、サイレント離職を防ぐ最後のセーフティネットです。SaaS 企業は社内ツールの活用に長けている反面、サーベイデータの収集だけで満足してしまう「やりっぱなし」の失敗に陥りがちです。データは異常を知らせるアラートであり、根本的な解決にはマネージャーによる1on1が欠かせません。
Slack の稼働時間や GitHub のコミット履歴、有給休暇の取得率などの定量データから「残業が急増しているメンバー」を抽出し、心理的安全性を担保しながら本音を引き出します。データと対話を掛け合わせることで、手遅れになる前に対処が可能になります。
1on1で離職リスクを検知するための質問サンプル
- 「最近、業務のなかで一番エネルギーを使っていると感じる部分はどこですか」
- 「いまのチーム体制で、もっと効率化できそうなプロセスはありますか」
- 「半年後の自分に向けて、いま足りないと感じているスキルや経験はありますか」
このようなオープンクエスチョンを通じて、業務過多やキャリアへの不安を早期に察知します。パーソル研究所の小林祐児氏が2025年のコラムで提唱する「任せ方のアップデート」と「人の網による育成」は、1on1の場で最も実装しやすいリテンション施策です。
5. バーンアウト対策の徹底
バーンアウト対策は、顧客接点で常に高い感情労働を求められる CS 部門で最優先となるテーマです。顧客のクレーム対応や解約阻止のプレッシャーに日々晒される CS 担当者は、エンゲージメントが低下し燃え尽き症候群(バーンアウト)に陥りやすい傾向にあります。
具体的なリテンションマネジメント事例として、ある SaaS 企業では CS 部門の評価指標を「解約率の低さ」といった守りの指標から、「顧客のヘルススコア向上」や「サクセス事例の創出」といったポジティブな指標へ切り替えました。これによりモチベーションが回復し、部署内の eNPS スコアが20ポイント上昇しています。
CS と営業は役割が異なるため、評価基準も明確に分ける必要があります。詳しくは カスタマーサクセスと営業の違い を参考にしてください。また、業務過多を解消するために カスタマーサクセス BPO の費用相場と選び方 で解説しているように、一部の業務を外部委託することも有効です。採用基準そのものを見直して長く活躍する人材を採るアプローチは カスタマーサクセスに向いてる人の特徴と採用基準 にまとめています。
6. 複線型キャリアパスの提示
複線型キャリアパスは、エンジニアやスペシャリストの長期定着に直接効く施策です。優秀な人材が「この会社にいても成長できない」と感じたとき、離職は避けられません。SaaS 企業ではマネージャーを目指す道だけでなく、技術のスペシャリスト(テックリードやプリンシパルエンジニア)として評価される「複線型のキャリアパス」を用意することが重要です。
新規事業の立ち上げフェーズでは、役割が固定されず流動的になります。この環境下で個人のキャリア自律を支援するには、PMF とは?ビジネスでの意味と SaaS 事業を成功に導く検証4ステップ や NPS スコアと PMF 指標で達成度を測る方法 などの実践ノウハウを社内で共有し、挑戦を後押しするカルチャーを醸成することが定着に繋がります。
よくある質問
従業員リテンションとプロダクトリテンション率は何が違いますか
従業員リテンションは「人材の定着率・離職率」を測る人事指標、プロダクトリテンション率は「顧客・ユーザーの継続率」を測るプロダクト指標です。両者は表裏一体で、CS の離職が増えるとカスタマーリテンション率も悪化するため、HR と CS が同じテーブルで議論する体制を作ることが推奨されます。
リテンション施策はいつから始めるべきですか
社員数が10〜20名を超え、創業メンバー以外の採用が増え始めたタイミングで開始するのが理想的です。この段階で評価制度や1on1の仕組みを整えておくことで、「30人の壁」と呼ばれる組織崩壊のリスクを下げることができます。
人事専任者がいない場合、誰が担当すべきですか
初期フェーズでは、CEO や COO などの経営陣が直接コミットする必要があります。各マネージャーに1on1を徹底させ、組織のコンディション変化を経営会議の重要アジェンダとして扱うことが、離職防止の第一歩です。
離職率を測る適切な指標はありますか
厚生労働省「令和7年上半期雇用動向調査」では、学術研究/専門技術サービス業の離職率は 17.0%(パートタイム労働者)と公表されています。SaaS 企業はこの数値を一つの目安としつつ、入社後1年以内の早期離職率や、エンジニア/CS など職種別の離職率に分解して課題を特定してください。SaaS の事業健全性を測るチャーンレートとの関係は チャーンレートの計算方法と業界ベンチマーク を参照してください。
2025年以降、優先すべきリテンション施策はどれですか
パーソル総合研究所2025年調査では、離職につながりやすい不満の上位に「上司の指示や考えに納得できない」「求められる成果が重すぎる」「評価への納得感がない」が並びました。 マネージャーの権限委譲スキル強化(任せ方のアップデート)と、OKR を含む評価制度の透明化 が、2025〜2026年に最も投資対効果が高い領域です。
まとめ
SaaS 事業の成長は、優秀な人材の定着なしには実現しません。本記事で解説した、エンゲージメントの可視化、アジャイルな評価制度、部門間の透明性、データと1on1の活用、CS のバーンアウト対策、そしてキャリアパスの明確化という6つのリテンションマネジメント施策を、自社のフェーズに合わせて実行してください。
とくに2025年以降は、労働時間の不満から「評価・上司不信」へと離職理由の重心が移っています(パーソル総合研究所 2025)。制度を作るだけでなく、現場での運用プロセスまでを含めて設計することが、人材流出を防ぐ最大の防御策となります。定期的に組織の健全性を計測し、事業のスケールに耐えうる強いチームを構築していきましょう。

業務を変えるSaaSと、社内AIシステムを。
B2B 向けの SaaS プロダクトや、企業の業務課題を解決する社内向け AI システムを、企画・設計・開発・運用まで一貫対応。マルチテナント・課金・権限管理といった SaaS 基盤から、LLM を活用した社内ナレッジ検索・ドキュメント生成・業務自動化まで、事業と組織の成長に直結するシステムを構築します。

伊藤翔太
大学卒業後、外資系IT企業にてSaaS製品の法人営業とカスタマーサクセスを経験。その後、国内のBtoBスタートアップに参画し、新規SaaS事業の立ち上げからグロースまでを牽引しました。現在はSaasラボの専属ライターとして、SaaS事業者に役立つ実践的な最新トレンドやノウハウを発信しています。
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